クレーマー・ストーカー気質の父親に苛まれる その1

異常なほどケチで、強欲な父親

久しぶりにうつ病についての日記を書きます。

先日、父親から電話がかかってきて、酷い言葉を掛けられました。メンタルクリニックの先生にも話したら驚愕していたほどです。それについて記録を残す意味でも。

数か月前、初夏に、都内北区にある父親の実家を売る流れになりました。正確に言うと、そこは借地で、地主さんに家ごと買い取ってもらうということになりました。

このブログの、うつ病の経緯を読んでいると分かると思うのですが、僕が大学進学の時に神奈川から移り住んだ家だったりします。2007年だか2008年くらいに新築に建て直したんです。

でも、両親はそこに住まず(住む意思がなく)、僕だけが住むという形になりました。うつ病が悪化して、正社員の会社を退職して、アパート生活から戻ってきたという形になりました。

その家に、僕はおおよそ13年くらい独りで住んでいました。間に埼玉の川口市のアパートに半年間移り住んだり、姉が一年ぐらい移り住んできて姉弟二人暮らしになったこともありましたが、基本的には一軒家で独り暮らしを続けてきました。

まあ、川口市のアパートに移り住んだとき(母が亡くなって、母の銀行口座の遺産で移り住んだのですが)、父親に、北区の家は誰も住んでいないから売っていいと告げていたのです。

父親は、常々、北区の実家を売りたい売りたいと言い続けていました。借地ということもあって。時には、脅迫するように、住んでいる僕に対して、「売りたいから、とっとと出ていけ」ということが何度もありました。僕がうつ病であるということは一切考えずに。

更新料に不満

で、今から数か月前の、初夏の頃に話を戻しますが、借地の更新料を払うという時期がやってきました。100万だか200万だか、それくらいする更新料です。

父親はどうやら初夏を迎える前から、更新料を払うことに対して不平不満を言い、「地主と裁判する」と神奈川の家で度々わめいていたらしいです。僕がちょうど免許を取りに教習所に通っていた頃のことですね。

そして、僕に言ってきたのは、「更新料を払うのが嫌だから、家を売りたい。だから、すぐに出ていってくれ」という言葉でした。

突然の言葉でしたが、僕は今年の3月に、母方の親族の遺産で大きなお金を得ていたので、ついに北区の家から出て、独り暮らしができる・家から出るタイミングなんだと思いました。父親からは「いつ出ていくんだ」と数年にわたってプレッシャーを受け続けてきましたし。それに、川口に移り住んだ時とは違って、お金に困らずに独り暮らしができると思えたので、早速決断しました。

引き寄せの法則というかドS宇宙のコイケさんがよく言っていることですが、思い立ったら即行動に移せ、というものを実践してみたんですね。幸せになりたいなら、深く考えずに即行動が大事と言っていたので。

ホームズやathomeで賃貸物件を探して、そして実際不動産屋さんに行って、良い物件があるか相談しました。

僕は、無職なので、審査を通るのは難しいとは思っていました。ただ、貯金額はかなりあったので、その部分で審査が通るのではないかと期待していました。

で、確かに、不動産屋さんからは無職の人は賃貸物件の審査を通るのはかなり難しいと言われました。物件を扱っている会社に電話をかけても、無職の人は審査に入る前の段階でダメということで、自分で探した候補の物件がいくつもなくなっていきました。

でも、貯金額で審査が通るかもしれない、という物件が数件出てきて、その日の内に内見に行きました。

そして、内見でここが良いと思った物件を、貯金額で審査してください、とお願いしました。

それから数日後、無事に貯金額で審査通過しました。

これで、いよいよ引っ越しができます。探すのにちょっと苦労しましたが、それからはとんとん拍子で契約まで進めていきました。

さて、物件が決まったところ、父親から電話がありました。

一変して、更新料を払うと言い出した

父親が電話してきて、更新料を払うことにしたと言うのです。更新料を払って、家も売らないことにしたと言い出したのです。だから、出ていかなくていい、と。

でも、僕が家を出て独り暮らしをすると言った時、父親だって大手の不動産屋に売却の相談を始めていたのです。価格もこれくらいで売れるという話まで進んでいたと言います。

僕は「もう物件を決めてしまったから」と返しました。無職の僕がどうにかして契約できる物件を見つけられたのです。そして、審査も通っていました。

すると、父親は渋り始めました。「お前、早まったことをしたな」と僕を責めるようなことを言い出してきたのです。

姉が言うことには、「更新料を払いたくない、地主と裁判する」とわめいていたのは、いつもの父親のクレーマー気質が出ていただけだと。気にしなくてよかったんだと言ってきました。

でも、そんなこと一緒に住んでいない僕には分かりません。父の脅迫めいた言動にはいつも苛まれて、うつ病を悪化させてきたのです。気にしなくていい、なんてことは当然できませんでした。

結局、僕が出ていくことが決まって、誰も住まなくなるのなら、売るのが一番いいということになりました。父も東京の家に住むことは絶対にないと言いました。誰も住んでいないのに地代と固定資産税を払い続けていくのなら、それほど勿体ないことはないとも言いましたし。

そして、更新料を払った後に、地主に買い取ってもらうという流れになりました。借地なので、不動産屋に任せるといつ売却されるか分かりません。なかなか買い手がつかないと言われているので、地主に買い取ってもらうのが一番早いと言われているのです。

さて、僕はついに引っ越しをしました。10年以上いた(建て替える前も含めると20年近く)いた土地から離れることになりました(正直、僕にとっては寂しい気持ちもありました。長年暮らして、慣れ親しんだ土地だったので。それに無職で賃貸マンションに住む不安もありましたし)。

それから、不動産屋に更新料を払う際に同席してほしいと父親に言われました。

地主さんも来る予定だということで、最後の挨拶ができるかなと思って、同席を承諾しました。

とりあえず更新料は払い終え、借地権の売却へと話が進み始めました。

あの土地を売りたいという父の長年の願いが叶うのです。最高の形になったはずでした。

ところが、問題はここからです。

僕を責める言動

家(借地)を地主に売却することが決まり、家の片付けが始まりました。僕はすでに引っ越していたので、僕個人の荷物はほとんどなかったのですが、姉が住んでいた頃、部屋に残していったままのものが多数あり、それを片付けに来たり、あとは粗大ゴミを出すとかです。

さて、地主さんに直接家がどういう状態なのか見てもらうこととなりました。

その時に父に加えて片付けにきていた姉も同席したのですが、二人とも明らかに僕に対して不機嫌そうな顔。姉は片付けに来るのが嫌だったというのは明白で、父も僕に対して文句があるようでした。

地主さんには二人とも朗らかな顔をして応対していましたが、地主さんが帰って、三人になると、

「引っ越すの早まったな」

と、二人して僕を責めてきたのです。

更新料を払うのが嫌で裁判するとわめき、「早く引っ越してくれ」と電話で脅迫気味に迫ってきたのは父親です。それなのに、そのことについてはまったく悪びれた様子もなく、「引っ越すの、早まったな」と一方的に僕が悪いかのように言ってきたのです。

その父の言葉に姉も同調。「お父さんが文句を言う、ごねるのは日常よくあること。それを分かってなよ」みたいに呆れ気味で言ってきたのです。

僕は唖然としました。家を売る流れになったのは、僕のせいみたいな感じで言ってきたのです。

あれほど「家を売りたい、家を売りたい」「早く出ていってくれ」と言い続けてきた父親。なので、これでやっと父の願いを叶えられたと思ったのです。僕は家族みんな喜んでくれるものだと思ってました。それにこっちはうつ病や不安症を抱えている影響もあり、これからの独り暮らしに大きな不安も抱えていたのです。

そういう僕の心情は全く汲んでくれませんでした。「家を売ることにようやくなれて良かった」というような言葉もなく。

それどころか、まさか、家を出ることで責められるとは思ってもみませんでした。

姉は不機嫌さを爆発させ、「この家も売るから、お前とはもう縁も何もないからな。今後一切やり取りすることはないからな」というようなことを言ってきたのです。父もその姉の発言に同調し、「お前のことは信用できないからな」と言ってきたのです。

僕が一方的に悪者のような扱いで、二人は不機嫌なまま神奈川に帰っていきました。

つづく

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