野放しにしてきた誹謗中傷の歴史

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誹謗中傷などを野放しにしてきた歴史

最近、誹謗中傷問題が大きく取り上げられて、訴訟問題に持っていく流れになるのが増えてきている。それは良いことだと思う。

Yahoo!のコメント欄とか知恵袋とか、不快になるものがとにかく多い。そういうのの中に誹謗中傷もたくさん含まれていたというのを聞く。

まあ、僕はYahoo!記事のコメント欄は全く見ない派だからあれだけど、噂ではかなりひどいものなのだと聞く。

SNS(主にTwitter)でも誹謗中傷が結構あるというしね。

これまでのYahoo!の対応とか見てると、『不快に思うコメントは無視してください』というものだった。不快なコメントを見つけても削除できない・運営側が削除してくれないのだよね。

他のSNSでも『スルーすべき』というのをよく見かけてきたし、それが公の対応になってしまっていた。

この、無視をする・スルーすべき、という対応が、誹謗中傷というものを10年20年と野放しにしてきたんだろうなと思う。

誹謗中傷する側からしてみれば、社会から何にもお咎めなしだから、調子に乗ってますますエスカレートしていくわけだ。

誹謗中傷というものをしていいんだという感覚になってしまうのだろう。そして、それは次の世代にもうつっていく。

眞子様や小室さんの結婚についてもだいぶ誹謗中傷で溢れてたっていうしね。そもそも結婚は二人が幸せになるか否かの問題で家族が言うならまだしも、他人がとやかく言う問題じゃないし。皇族の問題について(正確には皇族を離れる人の問題について)普通の人があれこれ文句を言うこと自体間違ってる気もするし。

まあ、こんな問題でも誹謗中傷があふれて、それを野放しにしてきたわけで。

そう考えると、これまでのYahoo!とかの対応はかなり問題のあるものだと思う。Twitterも酷いけどね。

※そういえば、これは結構言ってることだけど、批評と批判は違うからね。

批評はその作品を冷静に分析して、良い点悪い点を挙げて、相手に向上を促すもの。批判は『この作品はわたしは嫌いです』というネガティブな個人の感想・好き嫌いだけ吐いて終わること。批難とも似ているか。ある種、ただの悪口である。

過去に投稿小説サイトを利用してきて、そういう利用者の中に、批評と批判が分からない人がたまにいたんだよね。お前の好き嫌いはどうでもいいから、下手でも批評をしてくれって思ったものだった。

批評というものはできる人間になった方がいいとは思う。物事を冷静に分析・判断できる力を身に着けられるかもしれないから。

ネガティブに触れないことの大事さ

あの斎藤一人さんとか、ドS宇宙のコイケさんとかもよく言ってることなんだけど、

願望実現のためにはネガティブなニュースや報道・ワイドショーなどを見ないようにすること・触れないようにすることが大事だという。

なぜなら、各々の幸せに向けた願望実現には不必要な情報だから。そういう自分に直接関係ないネガティブな出来事を見て、関係ないのに落ち込んで、願望実現から遠のいていくっていうことほど馬鹿馬鹿しいことはないらしい。

報道・ワイドショーといえばテレビなんだけど、コイケさんとか目の敵のように『テレビを見ないように』とかはよく言っているんだけど、

ネガティブなネット記事も当然見ないようにすべきだと思う。コイケさんとかはネットに関しては全く言ってないけどね。

正直、僕からしてみれば、テレビよりもネットの方がはるかに悪質・ネガティブな記事があふれてたりするけどね。人を洗脳するのもネットの改ざん情報とか悪質団体のHPとかだし。

テレビはそういう番組を観なければいいだけなんだけど(今はBSとか選べるチャンネルも多いからね)、でも、ネットの記事って、なんか結構目に入ってくるんだよね、厄介なことに。

Yahoo!のトップページの記事なんて、ほぼほぼネガティブなニュースだからね。かつ、そういう記事に悪質なコメントが大量についてるわけだ。

誹謗中傷を野放しにしてしまってきたYahoo!とかも運営の体質が変わらないとダメかもね。

まあ、イジメいじめと社会問題として騒ぎながら、そういう人たちが平気でネットでは誹謗中傷してたりする。海外とかではそういうのをネットいじめって言われているんだけど、そういうのを日本の大人が誹謗中傷をいじめという自覚なく平気でしてるからね。日本人の根本的な問題だとも思う。若い世代のことはよく分からないけど、年配の人でも誹謗中傷を平気でしてるっていうのがね、もう国民病だよ。

風の時代・愛の時代というけれど

スピリチュアル界隈では令和は風の時代とか愛の時代とか言われているけれど、

コロナ禍になってから、社会全体で誹謗中傷とか差別意識も増えた印象がある。

幸せな人はもっと幸せにになる時代、とも言われてるけど、それは確かだなぁと思う。それを感じるのは、マスク。マスクを公で外せる立場にある人は選ばれた人っていう印象があるから(芸能関係の人とかプロスポーツ選手とか見るとね)。自分の顔を公でちゃんと出せるのっていかに幸せなことかってことだよ。鼻から下・口元も人間の大きな魅力の部分だからね。顔を出せないことで、恋活・婚活とかにも大きな支障があるって言われてるし。すでにカップルになってる人・結婚している人は外でマスクしようがお互いの顔を知ってるわけだし、幸せになってる人はもっと幸せになるっていうのはここでも実感できるよね。

まあ、それは国内での話。

海外ではマスクを外して生活している人が多くなってきているので(国際ニュースとかMLBを観てるとよく分かる)、海外では個々の生活に自由さを取り戻しつつある。マスクをつける場とつけなくていい場をはっきり分けてるっていう。

この前はYahoo!のトップページでマスクをしてない人に対して問題視してる記事も見かけた。しかも経済紙の記事。いつからマスクを(いつでも)するのが義務になったのか。こんなバカな記事を経済紙が書いてるのも日本くらいなんだよな。だから海外からマスク依存の日本人かつ幸福度の低い国民なんて言われるんだよ。

僕なんかはマスクをやめればコロナ禍は終息すると思っているので、マスクをしなくなっていくのは良い流れだと思うんだよな。

以上、昨今の誹謗中傷問題について思うことでした。

それにしても、前の記事(ゲームクリアした~!)との落差よ(苦笑。

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