三度目の電撃一次通過と、ブックショート優秀賞に選ばれたこと

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母が亡くなった年、三度目の電撃一次通過

文学フリマも結局充実した執筆活動を送るきっかけにはならなかった。

半年近く通ったライター講座も、創作活動にはそれほどのプラスにはならなかった。

結局、誰とも交流せずに、ひっそりと、こつこつと、書いていく日が続きました。ライター講座を通うようになるちょっと前から時代小説を読むことにはまって(山本周五郎や藤沢周平、乙川優三郎などなど)、作品にも時代小説の良さを盛り込もうとする気持ちが出ていました。

そして、母が亡くなった一報を聞いたのが、2013年の3月。冬の終わりの頃でした。

母の遺体と対面して、改めて、小説家になるとその時誓いました。小説家になることが自分の人生なのだと思いました。小説を書くことがぼくの生きている意味で、生まれてきた意味なのだと感じたのです。

そしてその年、電撃に送っていた長編作品が一次通過をすることになったのです。二年ぶりの選考通過でした。『ご飯の時間 ~お稲といっしょ~』という作品。

一次通過はできると思っていました。送った作品に自信があったからです。けれど、今回も一次通過だけで終わってしまいました。愕然としました。母の遺体に誓ってもこの程度で終わってしまったのかと。

けれど、その後、編集者から一次通過した者に対しての評価シートというものが送られてきたのですが、そこに書かれてあったことは全く悪いものではありませんでした。むしろあと少しで二次通過できそうな評価だったのです。

編集者のコメントには、ライトノベルとしてキャラクター性が弱いことと、相変わらずの読者不在。

これなら翌年こそ二次通過できるかな、と自信を蘇らせましたが、

2014年の電撃小説大賞は一次通過すらできませんでした。

相変わらず選考基準が分からないライトノベル賞。

けれど、この年から始まったbookshortsというショートショート作品の文芸賞の第四期に応募していた童話作品が優秀賞に選ばれました。

『ビルの木』という作品。

十年以上も前に書いた作品を送ってみたら、優秀賞に選ばれたのです!

宮沢賢治の『注文の多い料理店』をベースにして書いた寓話作品。でも、読んだ人からは『注文の多い料理店』を連想しない、全く新しい作品になっていると言われます。ある意味すごく成功している作品です。

ちなみに、Bookshortsとは、おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー。アレンジやスピンオフ、新釈作品。

昔話や落語、著作権の消滅した小説をベースにした作品を書くのが好き、とかだと応募しやすい賞で、結果も出やすいと思います。

正直、自分の中ではそんなにうまく書けてはいないなぁ、と感じていたのですが、それでも選ばれたというのは驚きでしたし、嬉しかったです。また、かなり昔に書いた作品が評価されるというのは、過去の自分が認められてるみたいで、その点もとても感慨深かったです。

二十代前半のあの当時、なかなか童話賞では結果を出せず、また周囲からも大したことないと言われることが多く自分を卑下することが多かったのですが、自分の作品はやっぱり当時から文芸賞で結果を出せるほどすごかったんだなぁ、と感じることができて嬉しかったです。

引き寄せの法則でも、こう言うこと・思うことが大事だって言いますよね。

『今の自分でもう十分に完璧なんだ』と。

小説界でも、プロになれたから、周りから認められたからすごいのではなく、それを書いているアマチュア時代からすでにもうすごいんです。それを書けている今その時がすごいんです。
だから、もっと過去の自分を誇りに思っていいのだと思いました。

メンタルクリニックの先生からもよく言われるんですよね、周りから認められることが重要なのではない。今、それをできている自分がすごいんだよ、と。

まあ、認められないと、それを職業にして収入を得られるようにならないと、ダメという気持ちがどうしても自分の気持ちの中にあるんですよね(周りからもそういう目で見られますし)。多分、ぼくの場合、執筆活動をしていても全然人生が充実していないからなんでしょうね。

bookshortsという文芸賞では、2016年第三回の8月期でも優秀賞に選ばれました。『階段職人』という大人向け童話風作品。

大きな賞ではないんですが、こうして自分の作品が選ばれる経験というのは、執筆活動の励みになります。

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