サークル解散して文学フリマから離れたのちライター養成講座へ

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ライター養成講座へ

サークル解散後

自分で起ち上げたサークルは解散させたものの、その次の文学フリマで他サークルに小説を寄稿したことはありました。そのサークルはある程度の固定ファンがついていたから、冊子の売れ行きは良かったようでした。自分の作品を載せている冊子が売れるというのはやっぱり嬉しいものでした。

けれど、それも一度だけで、以降は文学フリマに参加せず、オンラインでもどこかに作品を公開することもなく、家でコツコツと執筆活動に励み、作品を完成させたら賞に応募するか、出版社に直接投稿するということをしていました。本当にオフラインのみでの活動をしてたんですね。

しかし、なかなか結果が出ない。

書く気力というのもかなり出さないと、なかなか書けない日も続いたり。もともと書くことが好きだからとか小説を読むことが好きだからとかで小説を書いているというわけではなかったので、書くことが憂鬱に感じられることも多々ありました。うつ病の影響もかなりあると思います。

もちろん、書き終えた時の達成感を味わえるのは幸せを感じられることだったから、創作すること自体は好きなんだと思う。

ゴールが見えていて、それに向かって作業する行為というのは取り組みはじめたら頑張れるし、楽しいと思えるのです。企業に就職して仕事をするというのはゴールが見えない行為だから、通うごとにどんどん精神が参っていってしまうんだと思うし。

うつ病の影響もあるのだろうけれど、ぼくは性格的に完全に短期集中型なのです。これまでの長年のうつ病生活で短期集中型になったともいえますが。

電撃小説大賞には相変わらず毎年送っていたものの、なかなか結果は出せなかったです。年々応募数が6000とか8000とかに増えていって、競争率がどんどん上がっていって、一次通過するだけでも大変困難な賞でした。すでにプロになっている作家も応募してくる賞で、そのプロの応募作品でさえ一次通過とかで終わる場合がある。通過者の中に、あ、この人の名前、見たことあるなっていう人がいたりするから。

2011年にライター養成講座に通う。

ちょうど契約社員として働いていた頃で、お金にも余裕ができていたので、ライター養成講座に通ってみようと思いました。

教室は六本木にあり、著名な作家の先生方が講師をしている講座でした。脚本家・小説家の山田太一さん(有名作は『異人たちの夏』←山本周五郎賞受賞)や脚本家・ミステリ作家の辻真先先生などなど。

そういう有名な先生と直接つながりが持てるようになれば、プロになるために別のアプローチ方法が得られるのではないかと思ったのです。よく小説創作講座でプロの先生に読んでもらって、そこから出版社の編集者にも渡って、プロの道が開かれた、という人がいるというのも聞いたことがあったからでした。

あと、その頃は、同人音声作品のシナリオ制作を外注で受けていたということもありました。シナリオを書く上でいい勉強になるかな、と。

会社帰りに習い事というのもなんとなく生活が充実しているように感じられました。

その頃の職場は精神がひどく憂鬱にさせられる環境だったので、どこかで気分転換しなければいけないな、と思い。それに親しい創作仲間ができるかな、という期待もありました。

けれど、せっかく通い始めた講座にも、あまり仲良くなれる人はいませんでした。その年はちょうど東日本大震災もあったので、入学してきた人もいつもより少なかったというのもあります。

表向きは朗らかに交流するのだけれど、内心は嫉妬心の渦巻く場でした。投稿小説サイトでもそうだったけれど、作家を目指している人というものは、どうにも同じ創作仲間に対して嫉妬心を抱く人が多いというか。

競い合うのはいいのだけれど、自分はすごいんだぞ、という異常なほどの自信を持っている人もいて、さらに敵対心を抱いてくる人までいる。

自分の作品・執筆レベルに自信を持つことはすごくいいことなのですが(小説家を目指すならばある程度根拠のない自信を持たないとやっていけないのだが。これは引き寄せの法則でもいえることだけど、自分に対して自信過剰くらいがいいとは言われているけれど)、自身が過剰が過ぎて他人を蔑み、周囲を攻撃的になるような過剰さは良くない。

しかも、そういう人ほど残念ながら作品レベルが大したことがなかったです。他人を貶めれば自分が成功すると思っている人は、成長しないタイプの人間ですね。

久しぶりの電撃一次通過

この講座に通っている間に、ぼくは電撃小説大賞で久しぶりに一次通過をしました。長編作品で『燦然と光り輝く……』という作品。

こういう結果が出せたことで周りのみんなも良い意味で喜んでくれて交流も活発化し、自分たちも頑張ろうと奮起してくれるものと思っていました。

ところが、違いましたね。嫉妬されたのです。そして距離を置かれました。

そもそも一次通過した作品はこの講座に通う前に応募していた作品。講座に通う前からぼくはある程度の執筆レベルには達していました。小説投稿サイトを長年利用してきたんだから、ほかの人より執筆レベルが上でなくてはある意味ダメだろうと思っていました。執筆歴がそもそも長いのです。

それなのに、「俺より先に結果を出しやがって」と嫉妬されたのです。

作家志望者同士の交流というものは改めて難しいなと感じました。執筆歴が浅いのに変に自信持っている人がいる分、厄介なのです。そういう部分もあって、同じ小説家志望の人とはあまり交流を持ちたくないなと思ってしまうのです。まあ小説を書く人は変わり者が多いですからね。

で、二次選考で落ちたら、「ざまぁ」と喜ばれ。いや、ぼくが二次選考で落ちたからと言って、そっちがうまくなるわけじゃないんだけど、と呆れながら思ったものでしたが。

この講座で他の人とうまく交流できることはないなと感じました。

そういえば、選考通過しても受賞には至れなかったら馬鹿にして、でも受賞にまで至った人には、今度はえらくその人に媚びるという人も作家志望には多いですね。そういう光景も結構見てきました。

でも、受賞できたからすごいのではありません。すごい人はアマチュア時代からすごい作品を書いているのです(アマチュア時代に書いたものが受賞するのです)。そう、アマチュア時代から大きな価値があるのです。そういう目でちゃんと見られるか。そして、どういう部分がすごいのか、それを見極められないと、自分のレベルアップにもつながりません。

ライター養成講座のメリット

まあ、この講座に通ってみてよかったことは、プロの作家の話を直接聞けたこと。プロの技術を少し教えてもらえたところ。初心者向けの小説の書き方の話が多かったですが。

あとは講師の先生に、ぼくの作品を積極的に見せてアプローチを図れたことでした。これは自分からどれだけ講師に対して積極的にいけるかですね(それだけの作品を今まで書いてきているかですね)。

ぼくの作品ジャンルはやっぱり特殊で、プロへの道へは開かれなかったものの、プロ作家の先生でもうまさはあるとは評してくれました。そこは自信になった部分ですかね。あとは出版社に受け入れられるジャンルか否か。ここはもう上手いか下手かではなく、編集者が出版したいと望むジャンルの内容であるかどうか、ということも言われました。

実際、最近(2019年)で絵本テキスト大賞でやっと最終選考にも残りましたし。

まとめ

そして、約半年通って、ライター養成講座を卒業したのでした。行って良かったかどうかは、まあ今でも分かりませんが、色々とライター業で幅広く(ちょっとどの講義も浅めでしたが)学べたのは良かったかな、と。あくまで習い事ですからね。ライター養成講座に行ったからプロになれるのではなく、あくまで自分の技術を磨いて自分でプロになっていくのです。

あとは、まあぼくはお酒が全く飲めないのでね、そういう部分でも周りの人たちと交流しづらかったですね。

小説家になるならお酒が強くならないと、なんてその講座で一番偉い講師の人から言われたこともありましたが、小説家はみんながみんなお酒が飲める人たちばかりじゃありません。

ベストセラー作家の中にもお酒が全然飲めない人っています。そういう人のエッセイを読むと、お酒が飲めないから編集者の人とか他の作家とやりとりができないかというとそんなこと全然ないって言いますね。人脈が広がるか広がらないかにもそんなに大きく影響しないと言います。

まあ、講師の考えが古すぎたのです。時代が変わってきているというのもあります。お酒を強要する時代じゃなくなってますからね、今は。

とはいえ、お酒の席(居酒屋)に行って、色々と話ができたのは、良かったとは思います。こういう堅苦しくない所でないとできない話もあったりとかしましたから。

居酒屋の雰囲気に慣れるようになれたのもこの講座に入ったからでした。

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