東京タワーの近い職場

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2014年の11月から新しい職場で就業することとなった。

やっとオフィスソフト(といっても、ほぼWordのみ)を使っての仕事で、給料も1700円くらいとかなり良かった。

東京タワーが近い職場で昼休みなどは見に行ってみたりもした。通勤時や帰宅時にも見えた。早く日が落ちる冬の帰宅時にはイルミネーションも良く見えた。

幸稲荷神社というのも付近にあって、縁起の良い名前の神社だなぁ、と昼休みによくお参りにも行った。

前職で、職場仲間とコミュニケーションを取ることに慣れてきていたものの、今度は一転、ほとんど喋らない雰囲気の中での業務だった。いや、私語は別にOKなのだけれど、隣の男性がとにかく一切喋らないのだった。とにかく声をかけづらい雰囲気を出していた(男性は自分含め二人だけ。あとは女性。ただし、管理者と派遣元のリーダーは男性だったので、まあ半々という感じではあった)。

昼休みになったら、隣の男性はすぐにいなくなってしまうし、終業時間になったら誰よりも先に、足早に帰ってしまうので、お疲れ様ですという挨拶さえもろくにできなかった(朝ぐらいにおはようございますがやっと言える程度だった)。まあ、コミュニケーションをあまりとらなくていいのも派遣の良い部分ではあるので、それはそれでよかったのだけど。

せっかく前職で自信がついたはずのコミュニケーション力、また自信がなくなっていった(自分からどう話しかけていいのか分からないのだ)。それに、何か相手を不快にさせることでもしてしまっただろうかと自責の念を感じることもあった。

仕事自体はそこまで難しさを要求されるものではなかったものの、一日中黙々とPCに向かい続けてWord操作のみしている業務というのも目や肩に来るものだった(そのため、マッサージチェアが数台ある休憩室というのもあったほどで、何回か使用した)。

過敏性腸症候群は相変わらずのこと、睡眠障害にも悩まされ、コーヒーを良く飲んだ。それに真冬の朝の寒さというのうつ病を患っている者には殊更こたえるものだった。通勤だけで相当な精神・体力を消耗してしまう。職場についても、さあ仕事だというよりやっとほっとできるという気持ちの方が強かった。

結膜下出血

二ヶ月目あたりで、目に異変が起きた。

白目が血が出たように赤くなってしまったのだ。それは黒目から出血しているような感じだった。普通の充血では全然なかったし、目薬を差しても何も改善しない。それでいて、痛みというものは全くない。

原因が分からないまま年を越した。冬休みの期間は症状が回復した。完全に血が引いた。ということは、業務中に目に支障が起こるということだ。

2015年、新年を迎えて仕事も始まった。すると、また普通の充血とは違う出血の症状が現れたのだ。

ストレスなのかなと思った。眼科で診てもらうことも考え始めた。

その前に、『黒目』『出血』というワードでインターネットで調べてみて、ようやく原因が分かった。結膜下出血というものらしい。

ストレスもそうだし、カフェインの摂り過ぎでなってしまうものらしい。

出血自体は自然治癒するものらしい。実際、冬休み期間は自然治癒していた。

原因として考えられるのは、コーヒーの飲み過ぎだ。仕事中は朝も含め、三杯くらい飲んでいた。特に朝、60円程度で買えるとあるメーカーの缶コーヒーを毎日飲んでいたことが怪しかった。

安いと思っていたから毎日好んで飲んでいたけれど、どうやらこれが最大の原因だったらしい。

60円で売られていた自販機の缶コーヒーを飲むのをやめたら、驚くほどに治ったのだ。

安く売られているものは、それなりに何か体に悪い成分が入っているものなのだなと思い知らされたのだった。

それに多分、真冬の早朝の通勤というのもかなりのストレスにはなっていたと思う。過敏性腸症候群、睡眠障害、様々な負の要素が重なったのだろう。

業務にストレスを感じていたのはぼくだけではなく、他の人もそうだったようで、新年に入ってから一月の間に一人の女性を残して派遣の女性がみんな体調不良で辞めていってしまった。六人ほどいた女性が一人だけになってしまった。自分を含め、派遣社員は三人になってしまった。フロアが一気に寂しくなった。

PCで一つのことだけを黙々と何時間もこなすというのはやはりストレスを感じるものなのだ。しかも、特に楽しいと思えることでもない。またいつ結膜下出血になるのか分からない、という不安も抱えていた。

それでも、三月末まで続けた。途中で新しい派遣社員が入ってきたりもした。雰囲気も当初の頃より大分変わってしまった。

給料が良かったために、三月末まで続けられた。

業務が縮小されるということで、任期満了での終了だった。一応、正社員として別の業務で勤務してみないかと誘いは受けたものの、断った。五ヶ月も続けたのだ。うつ病も悪くなってきていて、少し休みたかった。それに、この頃はまだ死にたいという思いを強く持っていたので、正社員として働くという考えは持てなかった。

いつも通勤・帰宅時にはメトロ南北線の六本木一丁目を使っていたのだが、その途中で東京タワーを見るのがささやかな楽しみだった。辞める時は、そういう光景ももう見られないのかと寂しさも感じたが、解放感もすごかった。

業務もそこまで難しくなくて、待遇も良かったものの、やはりうつ病を抱えていると通勤だけで心身ともに疲弊してしまう。一つの場所で長く続けるのが本当に難しいと思ったのだった。

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