またパワハラの職場で精神が疲弊。けれどそれ故に結束感も生まれた

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せっかくMOSの資格を三つも取ったというのに、決まった職場は

次に決まった職場はオフィスソフトどころかPCさえ一切使用しないところだった。

紙とペンだけを使っての書類審査業務。時給も1000円とかなり安かった(8時間勤務で8000円)。給料の高い職場で働くために資格を取ったというのに。資格を持っているのが本当にもったいないという状況になってしまった。業務が始まったら使う機会もあるのではないかと少し期待していたのだが、全然なかった。ただ、面接の時は採用してもらえるだけ・仕事ができるだけましだとは思っていた。

これは引き寄せの法則の観点から見ても自分の判断の誤りだった。MOSの資格を取って、それを活かした仕事がしたいと思っていたならば、「MOSを活かせる仕事に就きます」と決意し、「安い給料の会社でも採用されたからいいや」なんて妥協してはいけなかったのだ。
資格を取れたとはいえ、この頃はまだまだ考え方が常にネガティブだった。自分に自信が持てなかったし、生活資金もぎりぎりの状態で、どうしても判断を誤ってしまっていた。

入社してみたら規則のすごく厳しい会社

一つのフロアで大人数が入ってやる仕事だ。研修があったのだが、二週間くらいやっていた気がする。業務自体は楽で、不明点があればよく質問したし、仕事をこなすスピードも数をこなしていく度に速くなっていって、管理者にも評価されていった(のちにSV候補というのになる。他の人たちに、不明点を教えるという役割だ)。

けれど、仕事をしていない時間も長く(審査する書類がないことが多く)、何もしていない時間が苦痛だったりもした。

 とにかく規則の厳しい会社で、飲み物さえ持ち込めない環境だったし、筆記用具メモ用紙等もダメ。作業着を着たのだがポケットもなく、ハンカチ・ティッシュも持ち込めない。花粉症の時期は最悪だった。

そして、ここでも、うつ病の症状に悩まされた。

やはり睡眠障害で毎日、眠気との闘いだったこと。うとうとというレベルではなく、意識がふっとなくなって突っ伏しそうになるくらい酷い時も何度かあった(何もしていない時間も多かったため時間を潰すのが大変だったのだ)。また、ぼくの他にも睡眠障害なのかうとうとしている人が結構いて、そういう人たちが管理者から目ざとく注意を受けていた。「仕事中に眠るなんて社会人として信じられないことだ、これ以上続くと罰則を与える」みたいに脅されている人もいた。派遣元も注意を受けたらしい。

確かに、会社側から見れば、仕事中に眠るのはあり得ないことなんだと思う。給料ももらっているし(他の会社でもうとうとしているときつめに注意される・反省文を書かされる職場はあると聞いた)。だから、余計に気を張ったというか、眠るまいと心身に力を入れた。それでも、眠気に襲われてしまうのが睡眠障害。どんなに前日早く寝ても翌日睡眠障害は起こる。眠るまい眠るまいと体をつねったりして必死にこらえる。でも、眠気に襲われる。本当に精神的に疲弊する毎日だった。

もう一つ、この職場で問題があったのは、パワハラとセクハラの両方をする一人の女性管理者がいたこと。パート従業員なのに、とにかく自分はすごく偉いんだぞ、みたいな態度を常にとっている人だった。派遣社員というものを常に見下していたのだ。

その人はほんの些細なことでも注意をしてくる。まだ始業時刻にもならないのに私語をしていたら怒鳴ってくる。まだ昼休憩が明けるまで五分くらいもあるのに、「戻ってくるのが遅い」と怒鳴っているのも見たことがある。自分の気に食わないことがあると、とにかく派遣社員にあたるのだ。

そんなだから、みんなから、嫌われていたし、ぼく自身もその人の理不尽な言動に毎日怒りを抑えるのが必至だった。他の人が注意を受けているのを見ているのも不快になるほどだった。

その人に目をつけられないよう注意していたものの、仕事ができてしまう分(処理能力が速いため)、目をつけられてしまう。仕事ができることは良いことなのに、目の敵のように扱われることもあった。一種の嫉妬なのだろう。

それに、飲み会の席で聞いた話だが、その人は気に入った男性の派遣社員に対して、露骨にセクハラをしてくることもあったそうだ。後ろから抱き着いてくる等。

パワハラをしているというのは有名だったが、セクハラまでしていたというのは驚きだった。セクハラを受けた人は派遣元に相談したそうだが、それでも、一時大人しくなるだけでまたやってくるとのことだった。

パワハラにしてもセクハラにしても、注意を受けてもやめないというのはある意味病気なのだろう。

もちろん、こういう精神的に疲弊する環境での仕事だったので、過敏性腸症候群も酷くなって、毎日昼休憩になるとお昼ご飯を食べに食堂に行くより前にトイレにこもった。十五分から二十分くらい。業務中は10分休憩以外にフロアの外に基本出てはいけないので、腹痛を我慢して、とにかく長い時間休憩できる昼休みまで待った。

業務をこなして疲れるのではなく、環境面から精神的に疲弊していっていた。

こういうところも、引き寄せの法則で言うと、ネガティブな思考で仕事に就いたため、ネガティブを引き寄せてきてしまったのだろう。どうせ自分だからこういう仕事しかできない、給料が低くても採用されるだけましか。どうせ運の悪い自分だから、どうせ死ぬことばかり考えている自分だから、「どうせ」「どうせ」「どうせ」ばかりでうまくいかないことばかりを引き寄せてしまっていたのだ。

管理者の中にはもちろん、親切な人もいた。審査業務をしているみんなから慕われていたほどだ。パワハラ・セクハラをするパート従業員一人を除いて、管理者はみな親切だった(立場が上の人は二十代前半と若いながらも、しっかりしていたし)。
睡眠障害・過敏性腸症候群、パワハラしてくる従業員がいたという問題はあったけれど、一方で大人数が一斉に入社する職場というのは良い面もいくつかあった。

良かった面

 派遣社員同士でよく世間話をして仲良くなったことだ。

業務の処理速度が速いのと合わせて、周りと普通に会話できることが自己肯定につながった。六人一チームという形になっていたのだが、チーム内でよく話をした。ぼくみたいになかなか自分からは話しかけられなくても、話しかけてくれて、いつの間にか自分からも自然と話しかけるようになっていって、会話が弾むほど仲良くなっているということがあった。そういうこともあって、チームで一緒になった人同士、あと仲の良かったSVをあわせて、仕事終わりに飲みに行ったりもした。

自分から積極的に飲み会に参加したのも、職場ではここが初めてだった(専門学校卒業後の正社員として働いていた会社では半ば強制的に飲み会に参加していたけれど)。飲み会に参加するのが初めて楽しいと思えた。仕事での裏話も聞けたり、それこそパワハラを行っていた女性従業員の奇行も聞けたり、前述したようにセクハラもしていたという話も聞けたり。飲み会という場でないと聞けない愚痴や裏話もたくさんあるんだなと知ったのだった。

あと、みんなから頼りにされたのも嬉しかった。身体の方は限界ぎりぎりのところでやっていたけれど、SV候補にもなって、不明点を人に教える業務というのも緊張はしつつも楽しいのだなと思えた。

管理者からは本当に高評価してもらえて、のちのち社員になるのも考えて正式にSVとして続けてみないか、と言われたことは嬉しかったけれど、身体のこともあったし(睡眠障害がばれるのも怖かったし、SV候補になってからはずっと立ち仕事になって、体がふらふらにもなっていたし)、自分が本当にやりたい仕事ではなかったので(MOSを取ったのにPCを全然使わない職場だったし)、申し出を辞退し、半年で辞めたのだった。

仲良くなったみんなからは惜しまれて、そこで泣きそうになってしまったけれど、辞めたのは正解だったと思う。なにしろ環境が厳しすぎた。自由にトイレにも行けない、小説のネタを書き留めるメモもとれない。スマホ(メールや着信の確認)もできないというのは窮屈でしょうがなかった。

けれど、思い返しても、ここで働いて職場の多くの人と楽しく仕事ができた(自分から話しかけられたりした)のは自己肯定になったプラスの点だったのだと思う。辞めた後もやりとりが続いた、というほど誰かと仲良くなったわけではないけれども。

あと、飲み会もポジティブな気持ちで参加できたのは大きな経験だった(お酒が全く飲めなくても、居づらさを感じなかった)。

うつ病が職場の環境などで悪くなったり良くなったりしながら、それでも少しずつプラスの経験を重ねていることで改善の方向には向かっている気はする。

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