不安症、恐怖症を改善しようと独りで試行錯誤

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二年生の十月、大学受験のため、地元の予備校に通うことにした。

この時期からでなければ、レベルの低い学校にいることもあって、大学受験に間に合わない。そう思って、自分ですぐに決めたのだ。

地元の予備校は、すごく楽しみな場所だった。今まで、勉強する環境がひどく悪い学校にいたけど、地元にはレベルの高い学校も沢山ある。それでいて予備校には、本気で勉強しようと思ってくる人達が沢山くる。

予備校に通うようになって、『安心して勉強していい・勉強することはおかしいことでもなんでもない・普通に勉強意欲を湧かせていい』、そういうプラス思考・解放感に浸れた。

予備校が、本当の学校のように感じられた。ようやく、本当の高校に入れたのだという気持ちになれた。

ここに来て、古文の楽しさも知った。気づくと、いつの間にか最も得意な科目となっていた。そして、この古文の読解力が、現代文の力も取り戻させた。

それまでの現代文の学力は、ただの文章を読むことさえも正常にできない状態になっていて、好きな科目なのに思うようにいっていなかった。

これならこれからでもまだまだ大学受験挑戦できるんだと希望が湧いた。

予備校に入って、どんどん意欲と学力が回復していった。

配られるプリントを横の人に渡す時、その時、手が震えはしないだろうかと、後ろの人に回す時、その時手の震えが見られはしないだろうかと、当然のように恐れを感じたものの、気にしなければ大丈夫。気にしすぎるからそうなってしまうんだと、自分に何度も言い聞かせたら、震えがいくらか治まって、正常な心でプリントが回せるようになっていた。教室内に人数も少なく、その点で安心できたのだ。

三年に上がり、英語、古文、両方共一つ上のランクのクラスに上がれた。

しかし、通ってくる学生が多くなり、出席を取られる時も、自分の名前が呼ばれる間ひどく緊張した。自分の名前が呼ばれるまでかなり待つ。自分の名前が呼ばれたら、声を上げる。そんな何でもないようなことでも、どんなに小さなことでも、自分を現わすことに繋がる。自分を現わすということにひどく恐れを感じるようになってしまっていたから、そんな些細なことでも緊張を感じてしまった。きちんと声が出てくれるだろうかと不安だった。

予備校に対してまでも、不安を感じなければならないものとなっていた。

それでも、高校よりましなことは確かだった。大半の人達は真面目に、真剣に勉強しに来ているので、授業中は皆熱心だし、勉強意欲は去年と変わりなく強くあった。今まで通り真面目に勉強できる。

でも、予備校にいてさえ、不安や、緊張、手の震え、体の震え、動悸などに苛まれる。

この春くらいだったか、この頃から、全てに諦めて、死ぬことを考え始めるようになっていた。

死ぬ考えに至れた時、ようやくこの様々な症状に対して受け入れられるようになり、少しずつ治まってくるものも出てきた。

もう死んでいいじゃないか。今まで、よくやってきたよ。そう思った時、今まで苦しんできた心が、重荷から解放されるように、すごく楽になれた。自分の全てに絶望して、もう死んでいいと、自分を許せた時、ようやくこの一部の苦しみから逃れられるようになってきた。この様々な症状と、上手く付き合っていけるようになってきた。

これがある意味、自分を許す行為になったのだ。


受験に対する真剣な取り組みが、様々な不安を取り除いていった。単語を覚えなくてはいけない、構文を覚えなくてはいけない。そういう本気で勉強しなければいけないという思いから、電車内でも周りを気にしないようになり、周りの目を気にしすぎる気持ちもいくらか緩和された。

予備校に入ったものの、死にたいと思った頃から、大学進学に対する興味も薄れていった。この頃は漠然と良い大学に入れればいいかと思っていたけれど、果たして大学行くことに意味があるのか、本当に自分のやりたいことの勉強ができる大学でなければ、行く必要なんてないんじゃないのか。そう思うようになった。

そうして、本気で自分がやりたいこと見つけ、死ぬためにそれを目指そうと思うようになった。

だから、大学進学でも、日本大学芸術学部文芸学科を目指すことにした。芸術大学を受けることは、自分にとっての最大の挑戦だった。

死にたいと思った。でも、ただ死にたいから死ぬなんて、そんな自分勝手なことできなかった。

この時、自分の生きる期限というのを二十三歳に定めて、その間に小説を沢山書き続け、そして死にたかった。その夢が叶うのだったら、今の自分にとって無謀な挑戦をしようと思ったのだ。

ただ、自分なんかでは無理だろうと思っていた。今まで小説なんてほとんど書いてきたことがない。読むこともあまり好きじゃなかった。文章力も全くない。作文だってろくに書けない、自分の意見だって素直に表わせない。ただあるのは、読解力があるだけ。

そんな自分が、この短い期間で小説家になるには、本気で勉強できる場所、環境が必要だ。そう思って、日芸の文芸学科を目指すことに決めたのだ(この頃には、まだ日芸というものがそんなに有名だとは思っていなかった)。死ぬために、小説家になりたい。少しの間だけ自分の望む安らげる何かを手に入れて、そうして自分の望む自殺をしたい。そう思った。

それがいかに自分にとっていかに無謀な賭けか分かっていた。それに、自分に才能があるのか。面接もあり、緊張せずにできるのか。そういう心配事ばかり付き纏うが、でも、本気だった。

そのためにも、まず偏差値を上げなければならない。そう思って、更に勉強意欲を湧かせた。

秋になって、死にたい……、死にたい……、と、死ぬことばかり考えていた。

古文の力はどんどん伸びていくが、他の英語、現代文が伸びてこない。結局偏差値五十二~五十四程度をうろうろしていた。国語だけを見てみると、五十五は越している。日大文芸を受けるにはまだこれから可能性の持てる偏差値だ。だが、英語が伸びない。今のままでは全然可能性ラインに届かない。

なにしろ高校に通い続け、不安定な心のまま勉強しているのだ。勉強だって、他の悩みに付き纏われ、苦しみながらやっている。

でも、現役で絶対に入るつもりでやっていた。そう自分の心を追いつめさせた。

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