うつ病の発端 その2

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 高校では二年生になり、成績が良くて大学進学クラスに上がったものの、結局話そうと思える人がいなかった。授業はうるさすぎて全く集中できない。自分がその場にいることが嫌になって、苛々と倦怠感とで、座っているだけで手だけでなく体全体が小刻みに震えるようにまでなってしまった。勉強意欲もますますなくなっていって、成績もどんどん下がっていった。

成績が良いと注目され、奇異の目で見られる。勉強ができることが何故か悪いことのように周りから見られてしまうことがあった。そういう雰囲気の学校だった。

授業中や、ホームルームの間、周囲の会話を嫌がおうでも耳に入れなければならない。その場から出ていくこともできない。必死に耐えた。心の内では、何度も苛立たされた。授業が終わってその場から逃れられた時、どれだけ安心したことか。

 心を、もう完全に他者と接することから遮断させて、一人で耐え切れるよう、必死に強くしようとした。精一杯に、学校卒業するまで我慢することにした。

 学校が遠くにあったというのがいくらか救いだったが、それでも家に帰ると、学校のことがよぎってしまう。必死に必死に頭の中から消そうと努力した。

 こうした状態を、家族には全て隠し続け、いつも平然とした自分を装った。この時は、自分の心が弱いから、甘ったれてるから、この体の症状が取れないんだと、そう思っていた。

 たとえ話したところで、適当に返されるか、馬鹿にされるかだけだ。もともと低い学校に入ったのだから、その点でもう馬鹿にされていたし、呆れられていた。結局中学の頃勉強できなかった自分が悪いのだ、と思った。

「あんな高校に行って」「お前がそんな低い高校に行くとは思わなかったよ」「もっとできると思っていたのに」

自分を否定する毎日だった。


 我慢して必死に学校に通い続けた。もうすでに一人でいることに慣れていたから、通わなくなったら、これまで必死に通い続けてきたことが無駄になってしまう。だから必死に心を強くして、我慢して通い続けた。学校が終われば、卒業できればどれだけ楽になるだろうか、そう思いながら。自分を甘やかしたくなかった。

 ただ、震えとは別の症状も現われるようになった。喉を意識し過ぎて、喉に違和感を覚え、吐き気を催してしまうことが起きるようになった。それも、気にし過ぎるのが原因だった。うがいをする時もその症状が起きることがあって、できなくなってしまうことがあった。

 それは、数少ない中学からの友人と話を交わす時だ。 中学時代からのただ一人の親しい友人とたまに会って一緒に遊びに出かけていたのだが、その時話を交わそうとすると、話したいことが色々あるのに、喉に違和感を覚えて、吐き気(えずき)を催し、言葉が出てこなくなるようなことが起きた。時間が経って、一緒にいることが慣れると、そういうことはなくなっているのだが。素直に話したくても、話せないような状態に陥ることが起きた。

 手の震え。体の震え。手の平に冷や汗を異常にかくこと。緊張、恐れによる胸の動悸。唾を何度も飲み込むこと。集中力の低下、そして喉の違和感・吐き気。

 苦しくて、それでも必死に抵抗した。全て不安を感じてしまう自分がいけないんだ。自分のこの弱い心がいけないんだ。そう思って、自分の弱さに情けなくなった。自分をどんどん否定していった。

 必死にこの症状が消えてくれるよう、いい打開策がないかと戦い続けてきたが、結局何しても駄目。どれも一時的に治まるものだけ。

 そして、三年に上がったばかりのある時、ようやく今までの考えを改めることができるようになった。

 治らないんだったら、もう全て諦めて、死ねばいいと思った。この症状を消そうとするのではなく、受け入れて、そして、死んでしまえばいい。その考えに至れた。

死を考えた時、ようやく、安心できた。自分を否定し続けてようやく安心できたのだ。

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