うつ病の発端 その1

スポンサーリンク
横長広告

高校生の頃から死ぬことを考えるようになった。

ぼくは中学三年の頃から手の震えで悩まされるようになった。きっかけは新入生に対しての部活紹介だった。

体育館のステージに上がって発表するのだが、そうした舞台で且つ大勢の前で話すことなど初めてのことだった。自分が想像していたよりもはるかに緊張して、手がぶるぶると震え、スピーチ用の紙も読めなくなるほどだった。

そんな自分の体に怯えて、ますます震えは大きくなっていった。ステージ下の新入生の中にはぼくの弟もいて、ぼくのことを知っている子も数名いた。それが怯えを助長させた。

これをきっかけに人前に出ることが恐ろしくなった。


それに中学二年になってから、新しい友達もできなくなっていた。友だちの作り方・話し掛け方が分からなくなっていたのだ。それが焦りにもつながっていた。

というのも、ぼくは私立中学受験にことごとく失敗していて、自分に対しての自信がすっかりなくなっていたのだ。

中学受験も親から半ば強制的にやらされたもので、塾も私立受験用の日能研に通わされた。

日能研に通っていることが小学校でも知られて「あいつは私立中学受験する」と周囲から言われるようになった。

けれど、受けたところが全部落ちて、みんなと同じ公立の学校に入ったことで肩身の狭い思いをするようになった。意識せずとも自信喪失の毎日を送っていた。

自分に自信が持てなくなり、親からも「できない」「ダメな子」と否定されて、とにかく色々なことに消極的になってしまった。友だちを作ることにも何か恐れのようなものを抱いてしまっていた。周りからは、「あいつ、笑わなくなったな」と言われるようにもなっていた。

そして、中学三年の春、ステージでのショックから手の震え。

教室で孤立している焦りからか、手の震えにもいっそう悩まされる。人前に出ない時でも手が震えてしまっていたのだ。

それは病名で言えば『書痙』というもの。人前で何か書く時や人前で手を出す時などに手が震えてしまうという精神的な病気。

クラスメートとかは手が震えている人などを見ると、アルコール中毒だとか薬物中毒だとかからかうのを見てきていることもあってか、余計に自分の手の震えに怯えたのだ。

震えてしまう自分への怯え。

友達がいないため、誰かと協力して行う技術などの科目等もできなくなり、学力も落ちていき、学費の高い私立の高校に入ることとなった。

「お前が私立の高校に入るとは思わなかったよ」「あんなレベルの低い、お金の掛かる学校に入って」「お前がそんな駄目な奴だとは思わなかった」と、両親からなじられた。姉からもなじられた。この言葉は、高校に通っている間も家族からずっと言われることとなった。


そして高校へ

高校の入学試験を受けた時も、緊張と不安に押し潰され、震えを必死に堪えながら行った。手の平からは大量の冷や汗が出ていた。自分の体に対しての怯えというものがますます増していった
落ちれば後はない。不合格、それは人生の終わり。そういう親からの圧力があったことも緊張を高める一因だった。

環境が変われば……と期待はしたものの

私立高校には無事に受かって入ったものの、やはり友人はできなかった。思い切って勇気を出して話し掛けるのだが続かない。体が震えてしまい、やっぱり心が思い止まってしまう。他者と接するのが不安で、怖くて、どうしようもなかった。

もともと自分の学力に見合っていない学校に入ったこともあり、あまりにも考え方が違い過ぎたということもあった。とにかく周囲の考え方がネガティブ過ぎた。

中学時代は、クラス内だけ話を交わせる者がいなかっただけだったが、高校ではついに学校全体で一人もいなくなってしまったのだ。これは、更に心を動揺させ、焦らせた。不安ばかりに支配されて、更に震えが強まった。

焦っても友達なんてできないものはできない。もう仕方のないことだと諦め、独りでいることを貫くことにした。

唯一良かったことは、中学の頃よりも独りでいることが楽だったことだ(中学では独りでいるだけでからかわれる・不審がられる対象になっていたからだ)。

しかし、不安、緊張は、学校内だけでなく、それ以外のところでも現われるようになった。

周りの目が異様に気になってしまい、気にすれば気にする程、それは止まらなくなった。自分が孤独でいることを見透かされているかのように考えてしまう。特に困ったのは買い物したり、人が前で見ている中で字を書かなくてはいけなくなった時。震える・震えるかもしれないと自分に怖れてしまう。

次へ

スポンサーリンク
レクタングル大
レクタングル大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする